『英単語』その13

 なんと惜しむべき不幸、これほどの草稿が失われてしまったとは。それは最後の侵略民であるデーン人が九世紀にこの地を荒らしてしまったからだ。全てが滅び、そうなるとアングロ族の栄光も陰り、いまやせいぜいウェセックスエセックスサセックスミドルセックスという語を残すのみである。事実、この呼称全てに「サクソン」という音が含まれているわけだが、こちらは土地の用語に限って使われ、一方、当時のアングロ=サクソンは二つの語のうちのアングロとだけ名指されており、このように二つ合わせて呼ばれるようになったのは今日になってからのことである。栄えていた北部から暗黒の南部に支配権が事実上完全に移るのは、南部を治めていたアルフレッド大王がその地からデーン人を駆逐してからのことであった。文人である以上に軍人であったウェセックス人は当時、アルドヘルムが一世紀前に訳したダビデの『詩篇』やこの聖人の幾篇かの賛歌ぐらいしか手にすることが出来なかった。ところが、突如、復興の輝かしい時代が幕を開ける。それにしても、これほどまで突然であることなど、言語の通常の発展やそれに文化においても有り得ないことである。それは王国から敵を放逐したアルフレッドが、当時島から完全に無くなっていた、雄弁や詩の高度な芸をその地に復興させることを最重要視したからである。それから聖職者が外部から来るようになり、彼らによって齎された本の優れた翻訳者も現れるようになった。ただ、アルフレッド公の威信をかけて命じられた翻訳は何語だったのか?もし、まさに、あの侵略された土地である北部の洗練された方言でないとすれば。実際、自由な南部は、その避難場所となっていたのである。ウェセックスの地の栄えある二世紀は、英国の賢王アルフレッドから、侵略者の最後を締め括るノルマン公ウイリアム征服王まで続き、北部の古い伝統を継承することになる。