『英単語』その18

 権力、政治、狩猟に関係がある、つまり支配者層の生活にまつわる術語全ては、ノルマン語であり、例えば≪宮殿≫や≪城≫といった意味のpalace やcastleがそれである。アングロ=サクソン語は、高貴でない私的な残りの語、つまりhome とhearthといったものがあり、二つとも≪家庭≫の意味である。ここで、非常に特徴的なことなのだが、こういった区別は依然、今日異口同音のまま残っている語彙にはっきりと見られる。例えば、≪牛肉≫といった意味のbeefは城内の食卓に供されたもので、やはり≪牛肉≫の意味であるoxは酪農家が出荷していたようなものを指すのである。calfとveal*1 、sheepと mutton*2、 swine とpork*3、 deerと venison*4、 fowlと pullet*5、いずれも後者がフランス語もしくはノルマン語であり、英語もしくはサクソン語である前者を訳したものである。家畜やその肉を売る農家とそれを買う従僕は、お互いこういったものを≪子牛≫だとか≪羊≫≪豚≫と各々自分の言語に応じた名称で呼び、それに理解し合えたこともあって、語が二重に存続したのである。こういったことはどんな国境でも、そしてとりわけ英仏海峡沿いに位置する我が国の港町において見られることではないだろうか。ただ、地元に戻れば、ブーローニュやカレーの商人はham*6やclaret*7を忘れ、専らjambonやbordeauxとしか頭に浮かばないのである。かくも興味深い現象は、英語の未来全体が垣間見られるのだが、それでも日常言語にしか存在しておらず、多岐にわたったものである。一方、古いどんな栄誉にも預からなかった文学は、やはりここでも詩なのであるがほとんど手付かずで誇り高くも、最後の素晴らしき回顧的な輝きを放っている。ラヤモンの『ブルート』やオルムの『オルムルム』は、前者がかつて東北部で栄えていた方言で書かれたもの、後者が南西部の同じ時代の方言で書かれたものであり、両者とも可能な限り古来の伝統的な様式を留めているが、それは人々の間では完全に忘れ去られていたものであった。これ以降こういったものは最早なく、侵略された日常言語は、もがき、そして多くのものを受容すれば、それだけ失うものもなくて済むのだが、洗練された言語はと言うと、最早花も果実も生み出されることもなく、チョーサーに至るまで待たなければならないのである。

*1:子牛とその肉

*2:羊とその肉

*3:豚とその肉

*4:鹿とその肉

*5:鶏とその肉

*6:ハム

*7:ボルドーワイン