レオポルド・ドーファンの回想録より


 たまには更新しておこう。
 賞賛という行為を伴う証言は割り引いて聞かなければならないが
 ややもすると賞賛されている本人の業績、作家なら作品、よりも
 面白かったりするものだ。
 今回も相変わらずマラルメにまつわる証言だが
 その内容が面白いだけでなく
 ネイティヴにとって何がどうなって文章が美しいと感じるのか
 その一端を窺い知ることが出来る箇所に出会ったので
 引用しようと思う。
 それに幾人かというより幾人もフランス語を学んでおられる方が
 このはてなにはおわしますので原文も添えておこうと思う。
 それはちゃうでというところがあればガンガン指摘くだされば幸甚であります。
 さてマラルメは比較的早いデビューにも拘らず
 一生で千行程度しか詩を書かなかった、書けなかった人ですが
 自らの理想を捨てれば売れっ子になっていたんじゃぁないの?という
 たられば話をちょくちょく目にすることがあります。
 即興で誰々風誰々風と矢継ぎ早に詩をくちづさんだという話
 (俳句よりもずっと複雑なフランス詩を!)もあります。
 そんな「天才」マラルメを殊更に強調した幾行かを。

 なお原文はアクサン抜きで。とりわけ混同しそうなところには * マークを付けた。

 Et sur son regard retombe sa lourde paupiere, comme pour y emprisonner toute la lumiere de ce beau ciel.


 それから彼の目にまた重い瞼が下り、あたかもこの美しい空の光全てを捉えようとするかのようであった。
 

 Mais je le tire de sa reverie.


 けれども私が彼を夢から覚ましてしまったのだ。


 -Je ne saurais, helas! en faire d'aussi admirables;pourtant,- et, disant cela, je souriais comme il convenait - j'en ai fait deux, hier, qui ne sont pas mal.Je m'adresse aux raisins vendanges:


    Vous ne griserez plus au soir
    L'aile si blonde de l'abeille.




 「残念ながら、こんなにも素晴らしいものを作ることはできかねますなぁ。でも、ーと私は言ってここぞとばかり微笑んでー昨日、二行ばかり私も作りましてなぁ、それがなかなかの出来栄え。摘まれたぶどうのことなんですがね。


    お前達はもう夕べに酔わすこともないだろう
    蜜蜂のかくも白き羽を。 」




 Il tire une bouffee de sa pipe, fait gonfler la voile, donne un coup de barre;je crois qu'il ne m'a pas entendu et je vais lui redire mes vers quand je l'entends me les repeter mais avec cette variante;


    Vous ne griserez aucun soir
    L'aile blonde aussi de l'abeille.




  彼はパイプをひとつ燻らせ、帆を広げ、舵を切る。私は聞こえなかったのだと思い、もう一度詩句を言い直そうとすると、彼は繰り返した、ただしこんな訂正を加えて。


    お前達はいかなる夕べにも酔わすことはないだろう
    蜜蜂のあれほど白き羽を。




 J'etais ravi! quels jolis vers! Tout poete en constatera le charme, la grace seduisante et la subtilite de l'idee en reflet. Ou* je ne disais qu'une chose, Mallarme sans presque rien changer ni ajouter en dit plusieurs. Et cela il l'avait fait pour eviter les choquantes sonorites successives des deux de au second vers dans blonde de l'abeille, et pour aussi, selon son habitude, avoir une forme mysterieuse, un peu comme miroitante ou* plusieurs idees semblent jouer a cache-cache pour le plaisir d'amuser notre imagination et sa reverie.

  
  素晴らしい!なんと美しい詩句であることか!詩人であればその魅力、うっとりするような気品それに光を放つ想念の繊細さを分ってもらえるだろう。私が一つしか言えなかったところを、マラルメはほとんど何も変えることも付け加えることもなく幾つものことを言うのだ。その上こうすることで二行目の≪blonde de l'abeille≫のところで≪de≫が二つ続く響きの悪さを避けているし、またいつも通り謎めいた形にもなっているのだ、幾つもの想念が我々の想像力と彼の夢想を喜んで戯れさせてやろうとかくれんぼをするかのような何かきらめいているかの如き形に。


 私はまず原文を読みながら日本語にした上でそのへっぽこ訳をさらにフランス語に訳すというか
今読んだばかりの原文を忠実に再現すると言ったほうがいいのだけれど
そうすることで書き手の息遣いまで聞こえてきそうだし
記憶というやつはあかんたれで
ついさっきのことなのに、忠実でないところがいくつかでてくる、
そこから誤訳に気付いたり
フランス語そのもののニュアンスが漂ってきたりして
至極楽しい作業である。
この、今は忘れられたドーファンという作曲家の文章も
ただ読むだけなら平易なフランス語なのだけれど
このような作業を通してみると
この人の時制の感覚とか、なんでこんなところにこんな語を据えたんだろうとか
色々感じるところがある。
また訂正される詩句に関しては
自分でも言っているように「パ・マル」であるように思う。
「酔わせる」という動詞には
「灰色にする」という意味もあるわけで
そうなると
徐々に暗くなっていく夕べのイメージをも浮かぶということになる。
こういったイメージの二重性、もしくは多重性、
それに語彙のみならずイメージそのものも
この人、心底マラルメを尊敬していたんだなぁというのがよくわかる。