ラシーヌ『フェードル』


ラシーヌを観るということを
これまでずっと避けてきた。


ただでさえききとられへんフランス語やで
アレクサンドランの洪水で聞いたところで
どないやねんちゅうはなしやろ?
モリエールやったら抑揚とか仕草なんかで
タニタぐらいはできるけどな


というのがその理由だ。
けれど半ばいやいや
もうええかげんみとけや
仏文科やったら
というわけで手を伸ばしただけで
別にフランス語が聞き取れるようになったというわけではないし
実際、何をいうとんねんという状態だったことに変わりはない。


けれど
いやーー
観てうなったね。


現代人には恐らく絶望的なぐらい欠けている
感受性というやつを見せ付けられたような気がする。


例えばの話、
フロイトがセックスという宝の山の財産目録を作ったせいで
もはや大方、
現代人は
宝の山に直接目を向けることなく
それぞれの目録が使えるか否かの
鑑定眼しかなくなったような気が常々していた。
類型化か自慢話の類にしか還元されない財産目録だ。
もっとその底にわしずかみにすべきものを見失ってしまったのではないか。
言葉を信用しすぎてしまった咎というか
あわよくば言葉をいなせるとさえ思いこんでしまっている罰というか。
いや罰ではないか
見えていないことが見えていないのだから。
ラシーヌ
書きながらにして感じることができる奇跡
感じる人が書く気になった奇跡といったら大げさか、
ともかく
自戒の念とともに
ひとつ吉報が齎されたね。


長広舌のせめぎあい、
せりふが終わるのを待つ
他の登場人物を
非人格化させ
いつのまにか
怒り、嘆き、悲しみの独り言となり
それが狂気じみたものへと推移する迫力、
何よりも
アレクサンドランのものものしさの効果、
さすが武勲詩が由来だけあって
運命を背負い込んだ人物の
身体的な動きだけでなく
心情的な動きを表現するのに、
そんなものに馴染みのなかった
私など はなぢぶーになりそうなほど
どんぴしゃだということが分った。


うん 儲かった気分。


『フェードル』(パイドロス)今日の部分までのあらすじ


『フェードル』を
一言で言えば
AVのタイトル風に
『お義母さん がまんできない』
なのだが――


フェードルはアテネ王テゼの妻。
テゼは遠征に出、宮廷を留守にしている。
ここが味噌。
王の前妻の息子がイポリット、
隅に置けない奴である。
なんと義母であるフェードル、
ねぇえぇ
あの子と
ちょめちょめ
したいわぁ
などと禁じられた愛に気もそぞろなのだ。
ところが一方、
これこそ
ラシーヌ十八番の設定なのだが
かのモテ男イポリットはというと、
アリシーという娘に
あぁぁ
ちょめちょめ
してぇぜ
ったく
という思いを
ち○ぽの皮をひっぱりながらか否かは定かではないが
密かに抱いているのだ。
しかも
アリシーは元敵国の王の娘、
これもやはり禁じられた愛なのだ。


あかん やっぱりこんなことしたらあかん
王さんに顔向けできへんと
悩んだ
恋多き
おかん、
フェードルは
イポリットを国外に追放しようとする。
それなら最後のいたちっぺとイポリット、
アリシーに
とうとう
告っちゃう。
それが今日のシーン、偽擬古文で。


第二幕第二景


イポリット
我が矜持、描くにいかなる色彩をもて
我が姿、中に宿るは化け物一匹!
如何なる荒くれ、如何なる憎悪も
そなた見て、思い慰まぬものはない。
我とても空しき魅惑に抗えず...


アリシー
何と!殿下…


イポリット
      もはや後には引けぬのだ。
激しき思い、理性にまさりけり。
忍ぶ思い、こうして告げば
心のたけを明かすのみ。そなたに
秘めた思いを知らすのみ、心あふるるこの思い。
そなたの前には悲運の王子、
これぞまさしく一途な男。
我こそは愛などいらぬと見向きもせず、
恋の虜になる者を、長きに亙り蔑みし男、
心弱き人々の難破を嘆き
飽かず船から嵐を眺めんとした男、
いまや同じ法に跪き
いかなる悩ましき思いによるか、我ここにあらず。
ひとときで我が不念の誇りも打ち負かされし。
かくも尊大なるこの魂もひれ伏して。
半年ばかり、恥辱、絶望、どこにあれ、
我を引き裂く言葉のみ、
そなたに抗い、我に抗い、虚しく我は苦しんだ。
姿見えれば、そなたを避け、姿なければ、そなたを見つけ、
奥山までもそなたを思い、
日の光、夜の影、
すべて描くは、我の避けるその姿。
すべて、いずれおとらずそなたにゆだねるは、この御し難きイポリット。
我とても、抑えきれぬ思い故、
今や我とわが身を捜し求め、我とわが身を失った。
我が矢、我が槍、我が戦車、なにもかもが鼻持ちならぬ。
海神の教えとて思い出すに値せぬ。
ただ我が呻きのみ森に響き
愛馬は無為に主を忘れ。
かくも粗暴に愛を語るを
聞かせしせいで、そなたを恥じ入らせたやもしれぬ。
そなたへの心の何と荒々しき対話!
かくも美しき契への何と奇妙な虜たるや!
然しこれにて、そなたのまなこへのこの供物、かけがえのないものとならん。
思いもせよ、我はそなたに未知なる言葉語りしを、
さらば舌足らずな願い事、撥ね付ける事勿れ、
そなたなしではこのイポリット、けして思わざりしこの願い。


Hippolyte
Avec quelques couleurs qu’on ait peint ma fierté,
Croit-on que dans ses flancs un monstre m’ait porté !
Quels sauvages mœurs, quelle haine endurcie
Pourrait, en vous voyant, n’être point adoucie ?
Ai-je pu résister au charme décevant…

Aricie
Quoi ! Seigneur…


Hippolyte
Je me suis engagé trop avant.
Je vois que la raison cède à la violence.
Puisque j’ai commencé de rompre le silence,
Madame, il faut poursuivre. Il faut vous informer
D’un secret que mon cœur ne peut plus renfermer.
Vous voyez devant vous un prince déplorable,
D’un téméraire orgueil exemple mémorable.
Moi, qui, contre l’amour fièrment révolté,
Aux fers de ses captifs, ai longtemps insulté ;
Qui des faibles mortels déplorant les naufrages,
Pensais toujours du bout contempler les orages ;
Asservi maintenant sous la commune loi,
Par quel trouble, me vois-je emporté loin de moi !
Un moment a vaincu mon audace imprudente :
Cette âme si superbe est enfin dépendante.
Depuis près de six mois, honteux, désespéré,
Portant partout le terme dont je suis déchiré,
Contre vous, contre moi, vainement je m’épreuve.
Présente, je vous fui ; absente, je vous trouve.
Dans le fond des forêts votre image me suit ;
La lumière du jour, les ombres de la nuit,
Tout retrace à mes yeux les charmes que j’évite ;
Tout vous livre à l’envi le rebelle Hippolyte.
Moi-même, pour tout fruit de mes soins superflus,
Maintenant je me cherche, et ne me trouve plus.
Mon arc, mes javelots, mon char, tout m’importune,
Je ne me souviens plus des leçons de Neptune ;
Mes seuls gémissements font retentir les bois,
Et mes coursiers oisifs ont oublié ma voix.
Peut-être le récit d’un amour si sauvage
Vous fait, en m’écoutant, rougir de votre ouvrage.
D’un cœur qui s’offre à vous quel farouche entretien !
Quel étrange captif pour un si beau lien !
Mais l’offrande à vos yeux en doit être plus chère.
Songez que je vous parle une langue étrangère ;
Et ne rejetez pas des vœux mal exprimés
Qu’Hippolyte sans vous n’aurait jamais formés.