淀五郎


この噺がよくてねぇ。
今、この時点でどの噺が一番のお気に入りか問われれば
一も二もなく淀五郎。
そりゃ、らくだを聞けばらくだが一番だというだろうし、
芝浜聞けば芝浜が一番だというだろうし、
妾馬聞けば妾馬が一番だというだろうけど、
そう言ってから、いやちょっと待て
淀五郎っていう噺があったなぁとなるだろう。
この噺、
芝居噺で
淀五郎という若い役者が仮名手本忠臣蔵の判官役に大抜擢されるというところから始まるのだが、
この淀五郎、
大いに張り切って、
さぁ、どうやって演じてやろう、
お客に、淀五郎ここにありと知らしめてやろう、と野心たらたら、
けれども、
いざ、演じてみると、
肝心の判官切腹の場で
市川団蔵演じる由良が
その脇にかけつけるという設定のはずなのに
花道から動かない。
恥をかかされ大いに凹んだ淀五郎、
その理由を尋ねると
下手糞すぎてあきれたからだという。
ほんとに切りやがれだの
下手な役者は死んだほうがいいだの
理不尽にも思える叱責を受けた淀五郎、
二日目も由良が花道に突っ立ったまま動かない様子を見て、
憎しみにも似た感情を抱き、
ほんとに由良も切って
おれも腹を切ろうとまで決心するに至る。
中村仲蔵といった世話になった人々に暇乞いをして
いざ、最終日。
いよいよ、
無我の境地の淀五郎演ずる判官切腹の場面、
今日は由良は花道にさえ姿を見せない。。。
ふと脇を見ると、
今日の淀五郎は何か違う、異様な迫力、
自分が切られそうな気さえしていた由良は、
花道ではなく、台本どおり横にいたのだ。
それを見て、
淀五郎、弛緩した声で、
「あぁ。ま・ち・わ・び・た〜」
と言うのがサゲ。
簡単にまとめるとこんな噺。
歌舞伎役者の名前を大して知らなくとも楽しめる噺だ。
こういう心持、
殺気立ったこの野郎!!の心持が欲しいなぁ、
とパリにまで持ってきた志ん生の録音を繰り返し聞いている。