マリー・ノエル「小さなシャンソン」
「小さなシャンソン」
あの人が黒麦の花咲く丘を
下りてくる
ゆっくりゆっくり淡い畑を横切って...夕方のこと。
ほらあの人よ!――わたしどきどき
しちゃわないかしら?
そう、ほら、あの人がわたしのおうちをとおり行く
ねえ、わたしのこと見つめないでね、お願いだから
もしも
あなたのまなざしがあんまりやさしくなかったら、わたし死んじゃうでしょうから
ねえ、わたしに何も言わないで、黙っていてね、お願いだから
もしも
あなたの口調があんまりやさしくなかったら、わたし死んじゃうでしょうから
わたしのあの人が夢見るように行っちゃった
わたしのことなどおかまいなしに
わたしに何も言わず、ああ!わたしを見ることもなく。だからわたし死んじゃいそうよ。
Marie Noel(1883-1967).
フランスの女性詩人。
このような軽やかな恋歌としてというよりも
むしろ宗教的な詩人として名を残している。
ヴァレリーやモンテルラン、アラゴンら巨匠らが褒め称えているが
詩にも伺えるように慎ましい人だったらしく
パリに出て活発に活動することもなかったようである。
巨匠たちにとっても野心渦巻く文壇詩壇の疲れを
癒してくれる詩人だったのかもしれない。
そんな謙虚さのせいか現在でもそれほど有名な存在ではない。
この詩をカトリーヌ・ソバージュがチャーミングに歌っている。
女性詩人と簡単に言うけれど、
フランスでは それこそ百年に一人いるかいないかというような
ひどい男性社会で、ぱっと思いつくだけでは近代以降
たった三人。そのうちは画家のメリー・ローランサンだから
実質二人。好き嫌いは別にして超レアですぜ。