アンリ・ミショー『僕ら今でも二人きり』

jedisunefleur2004-01-18


妻を火事で失った悲しみをつづった詩

アンリ・ミショー「僕ら今でも二人きり」

ルー
ルー
ルー、ほんのひとときの走馬灯で
ルー、ぼくと会わないかい?
ルー、ずっといっしょの運命よって
あれほど信じていたのに、
ねぇ?
もう二度と合図をしてくれなかったり、
沈黙に飲み込まれたりするような人ではないだろう。
そう、命を奪われたからって
愛まで奪われるような君ではないはずだ。
あのいやな葬儀
君を遠ざけ徐々に徐々に何度も何度も君をかき消して行くあの葬儀で
君はまだ探している、僕らの場所を探しているのだ
けれどぼくはぞっとする
注意が足りなかった
もっと用心すべきだったのにって、
誰かが僕に手紙をよこした、殉教者のような君が今もぼくを
見守ってくれているって。
あぁ!嘘だ。
君の部屋や僕が握り締める形見の品々に
残っている
あんなにも繊細だった君の魂、
いつも守ってやらなくちゃならなかったかすかな魂に触れるときなんかにって
あぁ!嘘だ、嘘だ、君のことが心配なんだ、
気性が荒くてか弱くて、ひどい災難にさらされた君のことが
でも、むしろ僕らのために大急ぎで使うべきだった
貴重な時間を潰して
あれこれと証明書なんかを求めてぼくはあちこち出かけている
君が震えているというのに
僕が助けに来てくれるそこから救い出してくれると見事なまでに信じて
待ってくれているというのに、「最後の最後に、彼は来てくれるのよ
きっと用事があったのよ、でももう時間がないわ
彼は来てくれる、彼のことよく知ってるもの
私をひとりぼっちになんてしないわ
そんなことできない
ひとりぼっちにするなんて、このかわいそうな彼のルーを…」と思いながら。

 僕は僕の人生を知らずにいた。僕の人生は君の中を通っていたんだ。単純なものだったんだ、この人生というわけのわからない重大事は。悩んだところで、それは単純なものだったんだ。
 君の弱さに頼られて僕は強くなっていたんだ。

 ねえ、僕ら本当にもう二度と会えないのだろうか?

 ルー、僕はもう死んだ言葉をしゃべっているんだ、もう君に話し掛けることができないのだから。僕の中に君は蔓を伸ばそうと一生懸命だったけれど、ねぇ、うまくいったよ。それぐらいのことはわかるだろう?本当だよ、君という人は疑うことを知らない人だった。僕のような盲(めしい)が必要だったんだ、その盲には時間が必要で、君の長患いやか細い体と熱から再び生まれる君の美しさが必要だったんだ、君の中のそんな輝き、信じる心が必要だったんだ、最後にその男の自律性などというマネキンのように固い頭の壁を突き破るには。

 気づくに遅すぎた。遅すぎたんだ。いまさら僕の生涯にありえそうもなかった≪いっしょに≫ということを学ぶには、遅すぎたんだ。いや、でも遅すぎることはない。
 年月は僕らの見方だったのだから、敵などではなかったのだから。

 僕らの影はいっしょに呼吸した。僕らのもとにはいろんな出来事が川のみなものようにほとんどものいわず流れていた。
 僕らの影はいっしょに呼吸をしていたしすべてがその影で覆われていた。

 君が寒いと僕も寒かった。君の苦しみを僕も飲んだ。僕らは僕らの交わりの湖に迷い込んでいた。

 もったいないぐらいの愛の豊かさよ、それを持つものが鈍いために見過ごされていた豊かさよ、僕は愛されることを失ってしまった。僕の財産は一日で溶けてしまった。

 不毛な、僕の人生が再び始まる。けれど僕は立ち直れないでいる。僕の肉体は君の甘美な肉体にとどまったままで、胸の羽毛のような触覚が僕に後ろ髪を引かれる思いを抱かせ苦しめる。もういない女が、離れずにいて、その不在がむしゃむしゃと僕に食らいつき僕の中に溢れかえっているのだ。

 病院の寝台での君の酷い苦しみの日々を僕は思い出しているところだ、消毒液のにおいのする廊下を通り、呻き声が漏れる中、厚ぼったいミイラのように包帯にくるまれた君の体のもとへ辿り着いたときのことを、それから今度は君が僕の足音に気づいて、僕らが結ばれていることを示すかのように突然「ラ」と、優しくて、音楽的で、抑制の効いた、絶望的な醜さに躍起になって歯向かう声が漏れたときのことを、それからほっとして「ああ、来てくれたのね」と呟いたときのことを。
 薄汚れた毛布越しに僕の手を君のひざに置いていたときすべてが消えていた、樽のように下水管のように、忙しく心配そうに動き回る見知らぬ人たちに扱われる体の悪臭やぞっとするようなしどけなさなど、すべてが意識から遠のいて行き、僕ら二人の魂が、包帯を通して、再会し、ひとつになり、心の陶酔の中、不幸の極み、優しさの極みへと混ざり合って行った。
 看護婦たちや、研修医は微笑んでいたけれど、信じてやまない君の目はそんな他の人の目の輝きをかき消していた。

 一人きりの男が、夜な夜な壁に向かい、君に話かけるのだ。そうすることで君が息づいたということをその男は知っているのだ。男はその日の出来事を分かち合おうとする。男は君の目で見た。君の耳で聞いた。男はいつもどこかに君を感じているのだ。

 いつか僕に答えてくれないかい?

 でも君という人は雪時の空気のようになってしまって、窓から忍び込むのだけれど、ちょうど何週間か前に僕にもあったように、寒気や何か悪い虫の知らせを感じさせて、その窓は締められるのだ。寒気が突然僕の肩に張り付き大慌ててで身をくるみ振り返ったのはそれはきっと君だったから温かく迎えられることを願ってできるだけ自分を暖かくしてやって来た君だったから。君は、こんなにも澄んでいる君はもうこれよりほかに自分を示すことができなかったのだ。今このときも、不安そうに、君が、とうとう僕が理解して、君がもういない生からはるか彼方、僕が君に会いにやってくると待ち構えているなんてことなどありはしないと誰が知ろう、かわいそうに、本当にかわいそうに、途方にくれてしまっているかもしれない、でも僕らは今でも二人きり、二人きりなんだよ…

この詩は生前ごくわずかにしか出版されていない。本人自身が死ぬまで出版することを断りつづけたという作品だ。ただ読んだだけでも悲しい思いをさせられるがそんな裏話を聞いてさらに切なくなった。芸術家がどうしようもなく感傷的にならざるを得なくなり詩を書いてしまったけれど、そんな不幸を売り物にするには忍びないといった筋の通った控えめな芸術家らしい迷いを感じさせられたからだ。事実、この詩を書いてからというものペンよりも絵筆を持つ方が断然に増えたそうである。